デジタルデータ保存(参考文献)

ISSN 0915-9266
『ネットワーク 資料保存』
第45号
1996年9月
日本図書館協会資料保存委員会発行

デジタル情報の保存をめぐる動向
―米国における取り組みを中心に―



国立国会図書館調査及び立法考査局
商工科学技術課
竹内 秀樹 (たけうち ひでき)
『ネットワーク資料保存』 第45号別刷


目次


1.デジタル情報の保存をめぐる2つの論点 2. 媒体変換技術としてのデジタル化 3. デジタル形式で記録された情報の保存



デジタル技術の進歩とともに、膨大な量のデジタル情報がインターネットなどのコンピュータ・ネットワーク上を流通し、またCD−ROMといったパッケージ・メディアに記録されて頒布されるようになっており、従来の印刷物を中心とした情報流通の枠組みが大きく変化しつつある。

インターネットに見られるように、コンピュータ・ネットワークを通じて個人が直接に情報を入手し、また自ら情報を発信するという時代を迎えて、著作物を印刷技術により大量に複製し流通させるという情報のフロー化機能を果たしてきた出版・流通業界と、そうした情報をストック化し通時的なアクセスを保障してきた図書館は、その機能の大幅な見直しをせまられている。

こうした環境変化に、出版界は電子出版事業で、また図書館界は電子図書館プロジェクトによって対処しようとしている。電子図書館については、我が国でも国立国会図書館、学術情報センター、京都大学、奈良先端科学技術大学院大学などの機関で開発が進められている。これまでのところ研究開発の中心は、デジタル情報の組織化・検索・利用技術の開発といった点にあるようである。

しかし、電子図書館が 「図書館」 たるには、単にデジタル情報へのアクセスを提供するだけではなく、デジタル情報の長期的保存と将来世代への継承という機能も果たさなければならないのではないだろうか。大規模に蓄積されるデジタル情報の保存手法の開発も電子図書館にとり大きな課題である。この問題に関して、欧米では既にいくつかの先駆的な取り組みがなされている。本稿は米国における事例の一部を紹介しようとするものである。



1.デジタル情報の保存をめぐる2つの論点

保存の観点からデジタル技術を考えるにあたっては、紙資料の媒体変換の技術としてデジタル技術をどう評価するのかという問題と、デジタル形式で記録された情報をどのように残していくのかという問題の、大きく2つの論点がある。本稿の力点は後者にあるが、前者には特にマイクロ化との対比においてデジタル技術をどのように評価するのかという興味深くかつ重要な問題があることから、簡単に触れておくことにする。



2. 媒体変換技術としてのデジタル化

マイクロフィルムは耐久性、解像度、技術の標準化などの点で優れており、既に媒体変換の技術として大きな実績を残しているが、一方、利用の面では少々難点のある媒体である。これに対して、電子媒体は遠隔利用、同時複数利用、高度な情報検索を可能とし、情報へのアクセスの手段としては大変優れた媒体である。しかし保存媒体としては、その将来性は別として現状では、技術標準の未確立、媒体の短命性、読み取り機器の旧式化、定期的な媒体変換の必要性などの点で難点がある

保存と利用を総合的に考えると両者とも一長一短があるが、マイクロ化を保存の手段、デジタル化をアクセスの手段として位置付け、この両者を組み合わせたハイブリッドなシステムをつくることにより、双方の短所をカバーし、長所を活かそうとする考え方がある。これは米国の保存・アクセス委員会 (Commission on Preservation and Access :以下 CPA)が提唱しているものである。 CPAは、最初に紙資料をマイクロ化し、フィルムをスキャナーに読み取らせてデジタル化するプロジェクトをエール大学で、また最初に紙資料をスキャナーに読み取らせてデジタル化し、そのデジタル・ファイルからフィルムを作成するプロジェクトをコーネル大学で、いずれもゼロックス社との共同で行っている。
原資料の保存という観点からは、マイクロ化を最初に行う方式のほうが優れており、米国に限らず多くの図書館でこの方式がとられているのが現状である。


3. デジタル形式で記録された情報の保存

デジタル変換された情報や最初からデジタル形式で作成された情報を長期にわたって、確実に、しかもリーズナブルなコストで保存していくための技術開発や社会的な制度の整備は、電子図書館の成功を左右する重要なポイントである。デジタル情報の長期的な保存が不可能であるならば、電子図書館の役割は限定的なものとならざるを得ないからである。

現在この問題について最も体系的な検討を行っているのは、米国のCPAとRLG(Research Libraries Group :研究図書館グループ) が合同で設置した「デジタル情報の保存に関するタスクフォース」である。タスクフォースのメンバーは、図書館、文書館に限らず、出版社、学会、情報通信分野の民間研究所、書誌ユーティリティ、著作権集中処理機構など広範な関連業界より構成されている。 1994年12月に設置され、1996年5月に「デジタル情報の保存」 と題する報告書を発表している。

従来デジタル情報の保存の困難さは媒体の短命性と関連付けて語られることが多かったが、情報を読み取る機器やソフトウェアが2年〜5年のライフサイクルしかもたず、媒体以上に短命であることを考えると、媒体の保存はデジタル情報の保存にとり部分的な解決策でしかない。また、デジタル情報を新しい媒体へとコピーすることでリフレッシュする技術も、その有効性は、情報が特定のハードやソフトに依存しないフォーマットでコード化されていたり、ハードやソフトが過去のバージョンとの互換性や他機種との互換性を持つ場合に限られ、やはり一般的な解決策にはならない。

これらに代わる技術としてタスクフォースが提唱しているのが 「マイグレーション(migration)』 である。マイグレーションとは、あるハードウェア/ソフトウェアの構成から別の構成へと、またある世代のコンピュータ技術から次世代のものへとデジタル情報を定期的に変換していくことをいう。その目的は、技術が不断に変化していく中で、情報の完全性(integrity)を保持し、情報を表示 ・検索 ・加工 ・利用する能力を維持していくことである。マイグレーションはオリジナル情報と全く同一のコピー、レプリカを作成することを必ずしも意図しておらず、新世代技術との互換性を確保するなかで、例えばオリジナル情報の表示 ・検索能力などの一部が抜け落ちてしまうことはやむをえないことである、との考え方をとっている。情報の完全性の捉え方が紙資料の場合と異なっているところが特徴である。



マイグレーションの具体的な方法の1つは媒体変換である。紙やマイクロフィルムにプリントする方法や、より安定的で新しい電子媒体へと変換する方法がある。 もう1つの方法はフォーマット変換である。これは、多様なフォーマットで記録されたデジタル情報を管理可能な数の標準的なフォーマットへと変換し、保存することをいい、単純な媒体変換よりも、オリジナル惰報の表示 ・検索 ・演算機能を多く残すことができるのが利点である。
比較的単純なフォーマットで記録された情報をマイグレートする方法はほぼ確立されているが、より複雑なデジタル情報のマイグレートについては、それに要するコストも含めて、今後研究開発を進めていかなければならない。
デジタル情報の保存技術については、マイグレーションにより1つの道筋が明らかになったとして、次に考えなければならないのは、保存機能を社会的に担う主体の問題である。この点について、タスクフォースはデジタル・アーカイブズの創設を提言している。デジタル・アーカイブズとは、文化的価値を有するデジタル情報を収集・組織化し、マイグレーションにより長期的な保存とアクセスを保障する機関である。各アーカイブズはコンピュータ・ネットワークで接続され、全国的なデジタル ・アーカイブズ ・システムを構成する。

分散的なアーカイブズ ・システムが有効に機能するためには、まず個々のアーカイブズの品質管理が重要であり、この観点からアーカイブズは独立の認証機関が定める標準や基準を満たすものでなければならない。また、デジタル情報の所有者が情報の保管を放棄したり、情報の所有機関が消滅したなどの理由により危機にさらされている情報を救助するために、認証されたアーカイブズには、安全装置としての強力な救助権限を与えなければならない、とされている。

デジタル ・アーカイブズ・システムの実現とマイグレーション技術の確立のためには、著作権処理や費用負担、情報通信基盤の構築など社会的に解決しなければならない問題が残されており、こうした面での社会基盤の整備の必要性も指摘されている。

限られた紙幅の中で、報告書のすべてを紹介 することはできないが、デジタル情報の保存に関して、技術と制度の両面をバランスよく体系的に分析した優れた報告書であると言えよう。
なお、この報告書の中では明確に触れられていないが、デジタル情報の全国的な保存体制の構築にとり重要な問題として、電子出版物の法定納本制度の問題がある。1990年代に入り、電子出版物を法定納本の対象に加える法改正の動きが欧米で活発化している。法定納本制度とデジタル ・アーカイブズとの関連をどのように考えるのかも興味深い論点である。

デジタル情報の保存に関しては、今回紹介した米国以外にも、英国、スウェーデン、EU、オーストラリア他の国々で検討が進められており、その成果が発表されている。我が国も本格的に議論を開始すべき時を迎えているのではないだろうか。

  (たけうち ひでき ・国立国会図書館商工科学技術課)


(1) Willis, Don:「A hybrid systems approach to preservation of printed materials」『Commission on Preservation and Access』1992.
(2) Task Force on Archiving of Digital Information:「Preserving digital information」『Commission on Preservation and Access&Research Libraries Group』1996. URL:http://www.rlg.org/ArchTF
(3) マイグレーションはリフレッシングを包含した概念である。



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